オークラによる、特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風” 季節の温野菜 トリュフが香るソースペリグー(4人前)

ねこと暮らしていると歌が生まれがちだ。

 

歌といってもたいそうなものではなく、「木綿のハンカチーフ」の「恋人よ〜」を「フジちゃんよ〜」としたり「げんこつやまのたぬきさん」を「フジぽこやまのたぬきさん」としているようなしょうもない替え歌か、「かわいい」とか「ふわふわだねー」とか言ってるうちにメロディがついて鼻歌めいてきたり、ラップもどきの代物になってくるような程度のものなのだが、ねこが毎日毎日あまりにもかわいいので、かわいいと言っているだけでは物足りず、気持ちにしっくりくる熱量で表現しようとするとそんな具合にいつのまにか言葉が歌になっている。歌ってこんなふうに生まれるのかも、と浅はかにもシンガーソングライターの気持ちをわかったような気分になる。

 

天気がいいとねこは露骨に機嫌がよく、それがまたかわいくてたまらないので、「すきすきすきすきすきっすき!あ・い・し・て・る!すきすきすきすきすきっすき!フジちゃん!」と歌ってしまう。もはやほとんど替え歌にすらなっていないていたらくだ。

 

✳︎

 

三浦哲哉さんの「食べたくなる本」から料理本を読む楽しみを教わって以来、実用のためばかりでなくレシピそのものの行間から立ち昇る湯気や匂いや音のようなものを味わうことを愛するようになった。もちろん日々食べるものをつくるのには行間とか文脈とかエクリチュールとか無関係に、ただただそのとき自宅にある材料や調理に使える時間、自分の体力などを加味して実務的にことを進めるのみという日がほとんどなのだけど、死にかけのしなびた大根とだいぶ前に冷凍したきりの挽き肉を使うべく「大根 挽き肉」とか検索する色気も知性も皆無な行為を繰り返すなかで、ときにめくるめくようなレシピに出会ってしまうこともある。

 

オークラはWEBサイトにシェフによるいくつかのレシピを載せていて、もっとも知られているのは「オークラ特製フレンチトースト」のレシピだと思うのだけど、もっとも面白いのは「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風” 季節の温野菜 トリュフが香るソースペリグー」のレシピだ。

 

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 画像はhttps://theokuratokyo.jp/letter/recipe/wellingtonstyle/ よりキャプチャ

 

オークラによる「シェフのこだわりレシピ」には、ほかにも「舌平目のグラタン”ボンファン“」だとか「シュリンプマカロニグラタン」だとか「クリームブリュレ」だとか文字面を並べ連ねただけでくらくらしてくるような料理のレシピが並んでいるのだけど、そのどれもが、材料さえ揃えればあんがいつくれそうなのである。

もちろん、「舌平目のグラタン”ボンファン“」(4人前)をつくるためには、舌平目を4切れ手に入れる必要があるし、「茶碗蒸し」のレシピには「三つ葉は結」ぶように書いてあったり、「ガスパチョ」は「召し上がる前日に、すべての材料を小さく切り、トマトジュース、調味料などと混ぜ合わせ、一晩冷蔵庫で寝かせてお」かなければならなかったり、材料を手に入れるまでも調理そのものにもそれなりに手間がかかるものも少なくないのだが、そもそも料理をすることが苦でない人であれば、これらの料理のレシピは時間と心に余裕のあるときなら(と、すでにそこそこ条件が多いのだけど)手間と時間をかければどうにかつくれるように書かれている。もっとハードルの低いレシピだってあって、「海老と卵の炒め」は実際つくってみたけれど、ひらたくいえば「海老を茹でて、調味料を合わせた卵と一緒に炒めるだけ」の料理で、簡単なうえもちろん美味しかった。

 

そうした「シェフのこだわりレシピ」の中に屹立する孤高の存在が「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風” 季節の温野菜 トリュフが香るソースペリグー」だ。

まず「ウェリントン」(が何かはさておき)の材料はこのように書かれている。

 

 [ウェリントン]

 牛フィレ肉…280g

 フォワグラ…4ピース(直径 約1.5cm)※冷凍しておく。

 シャンピニオン デュクセル…120g

 クレープ (約20cm×7cm)…4枚

 フィユタージュ(パイ生地)

 卵黄…3個

 ソースペリグー…200cc

 小麦粉…少々

 塩・胡椒…少々

 付け合わせ野菜…適宜 

 https://theokuratokyo.jp/letter/recipe/wellingtonstyle/ より引用

 

肉屋に行けばなんとかなりそう、と思わせる「牛フィレ肉…280g」の次に襲いくる、「フォワグラ…4ピース(直径 約1.5cm)」。

とはいえ買おうと思ったことはないものの、しかるべく場所へ行けば(あるいはインターネットで)買えなくもないところだけれど、3つめの「シャンピニオン デュクセル…120g」とはなんなのだろうか。

シャンピニオン」がきのこであることはかろうじて知っていた。でも「デュクセル」とは?

Wikipediaによると「デュクセル(Duxelle)は、食用キノコ、タマネギ又はエシャロット、タイムやパセリ等のハーブ、黒胡椒を細かく刻んで混ぜ、バターでソテーしてペースト状に煮詰めたものである。クリームを加えたり、マデイラ・ワインやシェリーを加えるレシピもある。」とのこと。 

デュクセル - Wikipedia

 

これを平然と120g。もちろんデュクセルのつくりかたはどこにも書かれていない。

 

少し飛ばして「ソースペリグー…200cc」。これはまた別途材料が書かれていて、「トリュフが香るソースペリグー」というくらいなので当然材料には「トリュフ…20g」「トリュフ ジュー…少々」などが含まれるのだが、「フォワグラ…4ピース(直径 約1.5cm)」を通過した後なのでもうあんまり驚かない。

 

そしてここからが肝心のつくり方。

  

 【ウェリントン

 1. フィレ肉に塩・胡椒をし、表面に焼き色を付け、冷ましておきます。

 2. フィレ肉の中央にナイフで切れ込みを入れ、冷凍しておいたフォワグラを差し込み

  ます。

 3. フィレ肉の外側に卵黄を塗り、薄く延ばしたデュクセルを張り付けます。

 4. 3にさらに卵黄を塗り、クレープで包みます。

 5. 最後に4をフィユタージュで包みます。

 6. メッシュローラーでフィユタージュの網を作り、5の上に飾ります。

 7. 230℃のコンベクションオーブンで4分、向きを変えて4分焼きます。

  オーブンから取り出し、肉を約10分寝かせます。

 

 【ソースペリグー

 1. 玉葱、人参を小さな賽の目にカットします。

 2. 油(分量外)をお鍋で温め、1を弱火でしんなりするまで焦がさないようにゆっく 

  り炒めます。

 3. 2をマディラ酒でデグラッセして、セックまで煮詰めます。

 4. フォン・ド・ヴォーとブーケガルニを加え、弱火で約30分煮ます。

 5. シノアで漉します。

 6. 提供時にバターモンテし、刻んだトリュフとトリュフ ジューを加えて仕上げま

  す。

 

 【盛り付け】

 1. フィレ肉を半分にカットし、お皿に盛り付け、ソースをかけます。

 2. お好みで温野菜を添えます。 

 https://theokuratokyo.jp/letter/recipe/wellingtonstyle/ より引用

 

とくに瞠目したのはこの3行だ。 

 

「2をマディラ酒でデグラッセして、セックまで煮詰めます。」

「シノアで漉します。」

「提供時にバターモンテし、刻んだトリュフとトリュフ ジューを加えて仕上げます。」

 

正直に言って、何を指示されているのかすらわからない。

わからないあまりに魔法じみていて、くらくらしてしまう。この3行の印象が強すぎて、数行前に「フィユタージュの網を作」るためのメッシュローラーを、当然持っている前提で書かれていたことも忘れてしまいそうだ。 

この突き放し具合があんまりにもかっこよくてしびれてしまう。

 

調べてみると「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風”」はリニューアル前のオークラにあったレストラン「ラ・ベル・エポック」の名物だったようで、店名も「ヌーヴェル・エポック」と変わったいまはテイストも以前と違っていて、WEBでメニューを見るかぎりそこに「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風”」の記載はない。オークラのとてつももない上客であれば無理を言って特別につくってもらえたりするのかもしれないけれど、もちろんこれはただの想像だ。

だから、「シェフのこだわりレシピ」の中に突如あらわれる「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風”」はもはや食べられない味を各々で再現せよというオークラからの密命なのかもしれない。

 

いつかは私もその密命をたしかに受け取って、ミッションを告げるテープが自動的に消滅するのを見届けたあと、マディラ酒でデグラッセして、セックまで煮詰めたあと提供時にバターモンテしたい。

その日まで、茹でた海老を味つけした卵と炒め、食べ続けるのだ。

  

theokuratokyo.jp