THE DOGのなぞ

先日夫と雑談していたら「THE DOG」って何だったんだろうね、という話になった。

 

三十代以上の人は、魚眼レンズで撮影された奇妙なバランスの犬の写真を一度は見たことがあるんじゃないだろうか。

この犬の写真が散りばめたさまざまな生活雑貨が販売され、写真の等身のままぬいぐるみ化されて、UFOキャッチャーの景品などになっていた時代があった。当時自分の周囲では「THE DOG」ではなく「鼻デカ」とも呼ばれていた。人気のあまり犬のみならずディズニーキャラクターを「鼻デカ」にしたぬいぐるみなども売っていたように記憶している。

2007年の日本マクドナルド社のニュースリリースによると「THE DOG」はハッピーセットのおまけにもなっていて、そこでは「THE DOG」はこんなふうに説明されている。

 

 【THE DOGとは?】

 そもそも魚眼レンズで撮影した犬をモチーフにデザイン化された癒し系DOGキャラクターです。そのため

 か、目と鼻が大きく愛嬌ある表情をもったDOG達が、キッズや女子学生、OLや主婦など幅広い層の支持を

 受けています。

 https://www.mcd-holdings.co.jp/news/2007/promotion/promo0314_3.html より引用

 

その日争点となったのは(大げさですね)「THE DOG」は、具体的にいつごろ生まれて、いったいどのように波及したのかということだ。流行のキャラクターというのはいつの時代にもいるものだけど、イラストで描かれたキャラクターではなく、「写真」というのがどことなく不思議だし、ディズニーやサンリオのような海千山千の大企業が多額の資金を投入して人口に膾炙したわけでもないように思える。

現在のようにSNS経由で火がついて一気に知名度を上げるようなことがない時代に、我々は「THE DOG」をどのように知ったのだろう?

 

その謎を解明すべくインターネットの荒海に漕ぎ出してみると、かつて一世を風靡した「THE DOG」はなんといまだに現役ばりばりだった。オフィシャルサイトがあり、2021年現在もスマホケースやカレンダーが販売されている。

 

www.thedogandfriends.com

 

オフィシャルサイトの「COMPANY」のタブからリンク先に飛ぶと、「株式会社 THE DOG COMPANY」というところが運営していることがわかる。

そしてTHE DOG COMPANY社のサイトを見ると、2020年6月15日付で「アーリスト株式会社より「THE DOG」及び、「THE DOG & FRIENDS」に関わる全事業を、2020年6月30日付けで譲り受ける事業譲渡契約を結び、また同時に、アーリスト株式会社に対し、海外に於ける独占的サブライセンス権を付与する契約を締結いたしました。」と書かれている。

つまりTHE DOG COMPANY社が運営にあたるようになったのは結構最近で、そもそも会社が設立されたのが2020年5月。社名からしてあきらかに「THE DOG」事業にあたってつくられた会社なのだ。

(親会社のR&Jホールディングス社は、ライセンスビジネスを得意としているようだ)

 

ということで今度は「アーリスト株式会社」について調べてみると、WIXでつくられた長らく更新されていなさそうなWEBサイトが残っていて、アーリスト社が「THE DOG」にまつわるライセンス事業を営んでいたことがわかる。この会社の代表取締役は岸原周司氏という人だ。

 

Artlist.co.jp

 

もうひとつ気になる情報として、アーリスト社はスタジオ事業も行っていた。

 

ARTLIST studio(アーリストスタジオ)-あなたのワンちゃんをTHE DOGに-

 

このサイトにはこんなふうに書かれている。

 

 2000年にスタートしたTHE DOGシリーズ。

 魚眼レンズで撮影した、様々な動物の可愛くて

 ユニークな写真は多くの人たちに長年愛されてきました。

 

 でも、飼い主さんにとって一番可愛いのはやっぱり自分のうちのワンちゃん達。

 『うちの子がTHE DOGになったら嬉しい!』

 『THE DOGのカメラマンさんにうちの子を撮影してもらいたい!』

 そんなたくさんのお声をいただき ARTLIST studio(アーリストスタジオ) が誕生しました。

 .html http://artlist-studio.com/index.htmlより引用

 

一つ目の疑問だった「いつから」という部分はこれによって解明した。

2000年問題が起きなかった2000年。

アメリカ合衆国の大統領選挙でブッシュとゴアが熾烈な争いを繰り広げた2000年。

あか組4の「赤い日記帳」がリリースされた2000年。

 

そして、ここであらたに気になってくるのが「THE DOGのカメラマンさんにうちの子を撮影してもらいたい!」という言葉だ。「THE DOGのカメラマン」というのが一人であるのか、複数であるのかわからない。けれどもこのスタジオではたしかに「THE DOG」のカメラマンが愛犬を撮影してくれるのだ。

ではそのカメラマンとは誰なのだろうか?

 

さらに調べを進めると、​高橋貞雄氏というカメラマンの名前が浮かび上がってきた。

高橋氏のWEBサイトなどは見つけられなかったのだが、「犬の笑顔フォトコンテスト」というコンテストで(犬の笑顔?)、少なくとも2016年から2019年まで「​THEDOGフォトグラファー」という肩書きで審査員を務めており、「​T​HE DOG魚眼撮影」というのがグランプリの副賞にもなっていた。

また、​一般社団法人ジャパンドッグフレンド協会DAFA×ホリプロアイドルドッグjp​「わんとニッコリ」というコンテストでも「​アーリスト株式会社 THE DOGカメラマン」として審査員の一人になっていて、こちらもまたグランプリの商品が「​THE DOG 高橋カメラマンによる撮影」だ。

 

スタジオのサイトには高橋氏の名前がないけれど、こうした情報から、おそらくオリジナルの「THE DOG」の「鼻デカ」写真を撮影したカメラマンは高橋氏なのだと思われる。

 

つまりどうやら「THE DOG」は、岸原周司氏と​高橋貞雄氏(あるいはまた別の人も関わっているかもしれないけれど)が始めたプロジェクトらしい。

彼らは2000年に「THE DOG」をはじめ、2020年まで継続していたが、どういう事情があってか事業を売却した。

アーリスト社は、THE DOG COMPANY社に「THE DOG」にまつわる事業を譲渡したあと、社名を「エー・アンド・ワールド株式会社」に変更しているがこの会社の事業内容には「THE DOG関連商品の企画・制作・販売」と書かれていて少し不思議なのだけど、これはTHE DOG COMPANY社からTHE DOG関連の業務を受注しているような形なのかもしれない、と推測する。

 

さて、ここまで調べたところでなんなのだが、結局「何をきっかけに波及したか」という肝心の部分についてはわからなかった。

2000年代前半の情報はインターネット上に残っていないし、この辺までわかったあたりで我に返った。いい加減、時間も根気も尽きたし、何をやってるんだろう。

 

ただ、ひとつヒントになりそうなのは、アーリスト社のWEBサイトに「キャラクター ライセンス」「フォトストック」などの事業が記載されているのだが、それらと並列して「カレンダー」と書かれていることだ。

「キャラクターライセンス」の内訳として「商品」という項目があり「THE DOG」がプリントされた文房具のような画像が掲載されているのだが、それとは別に独立して書かれた「カレンダー」。

これは想像に過ぎないけれど、当時はデジタルデバイスの普及率が現在よりも圧倒的に低かった。いまとなってはスマホを見れば済むけれど、カレンダーがまだまだ有効だった時代に「THE DOG」はカレンダーを通じて全国の家庭にその認知度を広めていったのではないだろうか?

 

歴史に埋もれた「THE DOG」流行の謎、いつか誰かが続きを解き明かしてほしい。