「イヴの総て」─ イヴ・ハリントンと乙部のりえ

1950年に公開されたジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の「イヴの総て」を見た。

 

アン・バクスター演じるイヴ・ハリントンは、自らの不幸な生い立ちを語って人気女優のマーゴに近づく。一見純朴で真面目な気のきく娘のように見えるイヴだが、実は策を弄してマーゴの周囲にいる演劇関係者に取り入り、舞台で役を得ようとしている。

イヴが語る生い立ちは嘘ばかりだし、たしかにあまり褒められた性格ではない。身近にいたら頭にくるだろう。一方で彼女は物語の中で悪女として描かれるけれど、それほどたいした悪ではないと思う。野心を持つことは、けして悪いことではないのだから。どちらかというと、イヴの秘密を知ったうえで彼女をゆすって自分のものにしようとする批評家のドゥイットのほうがよほど悪い。

 

この作品で目を惹かれるのはイヴではなく、ベティ・デイヴィスが演じた中年に差し掛かった女優マーゴ・チャニングだ。ベティ・デイヴィスの圧倒的な存在感と比べるとアン・バクスターはあまりにも平凡な美女で、だからこそ当初従順なおとなしい女に見えるイヴ役にあっているとも言えるのだけど、いくら年若く美しいからと言って、この程度の女にマーゴが引けを取るわけがないだろうと思う。

 

実際この映画は、ずっとマーゴの話をしているとも言える。

マーゴの代役を務めたイヴの芝居について「本物の女優が生まれたんだ 昔の君がそうだったように」「音楽のような炎のような…」と評したドゥイットに対し、マーゴは「音楽と炎ね 私もそう言われていたわ」と返す。

この台詞からもわかるように、イヴはかつてのマーゴだ。マーゴは成功した女優となったけれど、かつては自分もイヴのように野望に燃える若い一人の女だったからこそ、マーゴにはイヴの野心が手に取るようにわかる。

そんなマーゴが結婚を機にあっさり役をイヴに譲ってしまったり、役を手に入れたイヴが無事に舞台を終えて大きな賞を得たもののけして幸せそうには見えないのは、1950年代における女の幸福のあらわれという感じがするけれども。

 

それはさておき、演劇賞を手にしてイヴが帰ってきたホテルの部屋には、ブルックリンのハイスクールでイヴのファンクラブの会長を務めているという少女が忍び込んでいた。

彼女は疲れ切ったイヴの代わりにインターホンに出ると、訪ねてきたドゥイットからイヴが忘れていった演劇賞のトロフィーを受け取る。彼女はなぜかドゥイットの名前を知っていて、「君もそんな賞が欲しいか?」ときくドゥイットに「ええ絶対に」と答える。ドゥイットはあきらかに少女に目をつけたようで、やっぱりこの男は最悪だ。

少女は、イヴがパーティーに来て行ったガウンをこっそりと羽織り、トロフィーを持って鏡の前で微笑む。合わせ鏡の状態になった三面鏡には無限に増殖する彼女の姿が映りこむ。彼女もまた、次のイヴであり、マーゴのかつての姿なのだ。野望を抱く女たちは無限に円環し続ける。

 

イヴ・ハリントンはまた、成功した「ガラスの仮面」の乙部のりえでもある。

乙部のりえも、素朴な少女を装って北島マヤの付き人になり、マヤを蹴落としたのちに、マヤの代役として舞台に立ちそれなりにうまくこなしたけれど、彼女の芝居はまるでマヤの物真似で、イヴほどの芝居の才能はなかったようだ。なにせ「ガラスの仮面」の世界にはマヤのみならず、マヤに並ぶ才能を持つ姫川亜弓という人もいるのだから仕方がない。亜弓は乙部のりえの悪事を知ったあと、彼女と同じ舞台に立って、その芝居の実力で圧倒する。乙部のりえは亜弓を通じて、マヤという天才にひれ伏すしかなかった。

イヴの総て」の世界には、亜弓さんがいなくてよかったね、イヴ、と言うほかない。

 

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麗子像と適切なサービスとそれらしさ

衝動的に工作鋏を使って自分で麗子像みたいな前髪にしたあと後悔して行きつけの美容院に泣きつき、アシスタントの若者に失笑される夢を見た。

 

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ある化粧品を公式サイトから購入したら、その後自分が購入した化粧品について、成分や開発秘話や使いかたなどを知らせるメールマガジンが送られてくるのだが、たった一度ふと思い立って化粧品を購入しただけという関係値に対してメルマガがずっしりと重い。ある程度いいものなんだろうなと思えたから買っているし、なんならまだ封すら開けていないのだよ。

私たち一回二人きりでご飯に行っただけで、毎日LINEしたり心の中を打ち明け合うほどには親しくないよね? 

そんな気持ち。

けれどもこれがきめ細やかなサービスだと感じる人もきっとたくさんいるはずで、だからこそその会社もメルマガを続けているのだろうし、万人にしっくりくるサービスってないのだね。

 

昔とあるメディアが運営するショップに行ったとき、話しかけてきた店員の人から、そのメディアに登場する編集部員の人(広く誰もが知っているような方ではない)の名前を当然知っている前提であらゆる話をにこやかにされたので、自分とは異なる常識を持つ村に踏み入ってしまったようで「ミッドサマー」的な恐怖を感じたけれど、それだって私がそのメディアに思い入れがなかっただけで、好きな人にとっては裏話を聞けてラッキーなんだろうしね。

 

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出産した著名人の容姿や体型について「産後とは思えない」とか言うの、もういい加減にしてほしい。というかあらゆる属性をさして「◯◯とは思えない」的な言いかたをすべきでない。

人は当たり前にさまざまなので、「それらしくない」と誰かが思うその人は現実に存在しているにもかかわらず、「◯◯とは思えない」と繰り返すことで、「◯◯らしさ」の規範は強化されてしまうのだから。

そこまで明確な形をとっていなくとも、何かしらの思い込みや幻想をもとにした像をこちらの上にふんわりと結びながら話しているのだろうなと思われる人はときおりいる。他者をまっさらな個別の他者として受けとめることはけっこう難しくて、過去の経験をもとにしたり、そこからの距離を計りながら新しい他者の像をつくりあげていくことは大なり小なり多くの人がしていると思うし、そこにある程度の類型化が伴うことも関係性が深まるまでの初期段階においては仕方がないとは思うけれど、勝手なカテゴライズの度合いがあんまりにもひどいと感じる人に対してはその思い込みをぶち壊してやりたいという気持ちだけで言動や態度を決めてしまうことがある。

 

ねえねえ、こう見えて私、実はきつねそっくりの尻尾が生えているんですよ。

そのうえ髪の毛が一日に3メートル伸びるんですよ。

三度の食事には、A4のコピー用紙を10枚ずつ食べます。

100kmくらい先に書いた文字もなんとなく読めるし、咲いている花より枯れた花が好きです。

横浜市泉区出身のように見えるけれど、横浜市緑区出身です。

そういうことを、知っていますか。

THE DOGのなぞ

先日夫と雑談していたら「THE DOG」って何だったんだろうね、という話になった。

 

三十代以上の人は、魚眼レンズで撮影された奇妙なバランスの犬の写真を一度は見たことがあるんじゃないだろうか。

この犬の写真が散りばめたさまざまな生活雑貨が販売され、写真の等身のままぬいぐるみ化されて、UFOキャッチャーの景品などになっていた時代があった。当時自分の周囲では「THE DOG」ではなく「鼻デカ」とも呼ばれていた。人気のあまり犬のみならずディズニーキャラクターを「鼻デカ」にしたぬいぐるみなども売っていたように記憶している。

2007年の日本マクドナルド社のニュースリリースによると「THE DOG」はハッピーセットのおまけにもなっていて、そこでは「THE DOG」はこんなふうに説明されている。

 

 【THE DOGとは?】

 そもそも魚眼レンズで撮影した犬をモチーフにデザイン化された癒し系DOGキャラクターです。そのため

 か、目と鼻が大きく愛嬌ある表情をもったDOG達が、キッズや女子学生、OLや主婦など幅広い層の支持を

 受けています。

 https://www.mcd-holdings.co.jp/news/2007/promotion/promo0314_3.html より引用

 

その日争点となったのは(大げさですね)「THE DOG」は、具体的にいつごろ生まれて、いったいどのように波及したのかということだ。流行のキャラクターというのはいつの時代にもいるものだけど、イラストで描かれたキャラクターではなく、「写真」というのがどことなく不思議だし、ディズニーやサンリオのような海千山千の大企業が多額の資金を投入して人口に膾炙したわけでもないように思える。

現在のようにSNS経由で火がついて一気に知名度を上げるようなことがない時代に、我々は「THE DOG」をどのように知ったのだろう?

 

その謎を解明すべくインターネットの荒海に漕ぎ出してみると、かつて一世を風靡した「THE DOG」はなんといまだに現役ばりばりだった。オフィシャルサイトがあり、2021年現在もスマホケースやカレンダーが販売されている。

 

www.thedogandfriends.com

 

オフィシャルサイトの「COMPANY」のタブからリンク先に飛ぶと、「株式会社 THE DOG COMPANY」というところが運営していることがわかる。

そしてTHE DOG COMPANY社のサイトを見ると、2020年6月15日付で「アーリスト株式会社より「THE DOG」及び、「THE DOG & FRIENDS」に関わる全事業を、2020年6月30日付けで譲り受ける事業譲渡契約を結び、また同時に、アーリスト株式会社に対し、海外に於ける独占的サブライセンス権を付与する契約を締結いたしました。」と書かれている。

つまりTHE DOG COMPANY社が運営にあたるようになったのは結構最近で、そもそも会社が設立されたのが2020年5月。社名からしてあきらかに「THE DOG」事業にあたってつくられた会社なのだ。

(親会社のR&Jホールディングス社は、ライセンスビジネスを得意としているようだ)

 

ということで今度は「アーリスト株式会社」について調べてみると、WIXでつくられた長らく更新されていなさそうなWEBサイトが残っていて、アーリスト社が「THE DOG」にまつわるライセンス事業を営んでいたことがわかる。この会社の代表取締役は岸原周司氏という人だ。

 

Artlist.co.jp

 

もうひとつ気になる情報として、アーリスト社はスタジオ事業も行っていた。

 

ARTLIST studio(アーリストスタジオ)-あなたのワンちゃんをTHE DOGに-

 

このサイトにはこんなふうに書かれている。

 

 2000年にスタートしたTHE DOGシリーズ。

 魚眼レンズで撮影した、様々な動物の可愛くて

 ユニークな写真は多くの人たちに長年愛されてきました。

 

 でも、飼い主さんにとって一番可愛いのはやっぱり自分のうちのワンちゃん達。

 『うちの子がTHE DOGになったら嬉しい!』

 『THE DOGのカメラマンさんにうちの子を撮影してもらいたい!』

 そんなたくさんのお声をいただき ARTLIST studio(アーリストスタジオ) が誕生しました。

 .html http://artlist-studio.com/index.htmlより引用

 

一つ目の疑問だった「いつから」という部分はこれによって解明した。

2000年問題が起きなかった2000年。

アメリカ合衆国の大統領選挙でブッシュとゴアが熾烈な争いを繰り広げた2000年。

あか組4の「赤い日記帳」がリリースされた2000年。

 

そして、ここであらたに気になってくるのが「THE DOGのカメラマンさんにうちの子を撮影してもらいたい!」という言葉だ。「THE DOGのカメラマン」というのが一人であるのか、複数であるのかわからない。けれどもこのスタジオではたしかに「THE DOG」のカメラマンが愛犬を撮影してくれるのだ。

ではそのカメラマンとは誰なのだろうか?

 

さらに調べを進めると、​高橋貞雄氏というカメラマンの名前が浮かび上がってきた。

高橋氏のWEBサイトなどは見つけられなかったのだが、「犬の笑顔フォトコンテスト」というコンテストで(犬の笑顔?)、少なくとも2016年から2019年まで「​THEDOGフォトグラファー」という肩書きで審査員を務めており、「​T​HE DOG魚眼撮影」というのがグランプリの副賞にもなっていた。

また、​一般社団法人ジャパンドッグフレンド協会DAFA×ホリプロアイドルドッグjp​「わんとニッコリ」というコンテストでも「​アーリスト株式会社 THE DOGカメラマン」として審査員の一人になっていて、こちらもまたグランプリの商品が「​THE DOG 高橋カメラマンによる撮影」だ。

 

スタジオのサイトには高橋氏の名前がないけれど、こうした情報から、おそらくオリジナルの「THE DOG」の「鼻デカ」写真を撮影したカメラマンは高橋氏なのだと思われる。

 

つまりどうやら「THE DOG」は、岸原周司氏と​高橋貞雄氏(あるいはまた別の人も関わっているかもしれないけれど)が始めたプロジェクトらしい。

彼らは2000年に「THE DOG」をはじめ、2020年まで継続していたが、どういう事情があってか事業を売却した。

アーリスト社は、THE DOG COMPANY社に「THE DOG」にまつわる事業を譲渡したあと、社名を「エー・アンド・ワールド株式会社」に変更しているがこの会社の事業内容には「THE DOG関連商品の企画・制作・販売」と書かれていて少し不思議なのだけど、これはTHE DOG COMPANY社からTHE DOG関連の業務を受注しているような形なのかもしれない、と推測する。

 

さて、ここまで調べたところでなんなのだが、結局「何をきっかけに波及したか」という肝心の部分についてはわからなかった。

2000年代前半の情報はインターネット上に残っていないし、この辺までわかったあたりで我に返った。いい加減、時間も根気も尽きたし、何をやってるんだろう。

 

ただ、ひとつヒントになりそうなのは、アーリスト社のWEBサイトに「キャラクター ライセンス」「フォトストック」などの事業が記載されているのだが、それらと並列して「カレンダー」と書かれていることだ。

「キャラクターライセンス」の内訳として「商品」という項目があり「THE DOG」がプリントされた文房具のような画像が掲載されているのだが、それとは別に独立して書かれた「カレンダー」。

これは想像に過ぎないけれど、当時はデジタルデバイスの普及率が現在よりも圧倒的に低かった。いまとなってはスマホを見れば済むけれど、カレンダーがまだまだ有効だった時代に「THE DOG」はカレンダーを通じて全国の家庭にその認知度を広めていったのではないだろうか?

 

歴史に埋もれた「THE DOG」流行の謎、いつか誰かが続きを解き明かしてほしい。

 

 

 

 

 

 

大豆田とわ子と三つの小石

Twitterで「オリンピック ボランティア」と検索すると、みずからボランティアに志願して、来るべきオリンピックを待ち望んでいる人たちが少なからず存在していることがわかる。もちろんボランティアに応募した人たちのなかにも、現在の状況を鑑みて葛藤を抱えている様子の人もいる。

どう考えたってオリンピックなどやっている場合じゃないように思えるけれど、理解し難いものも含めいろいろな人の考えかたを知りたくて、見知らぬ人のタイムラインを覗いてみる。

 

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それにしても「大豆田とわ子と三人の元夫」は毎週楽しみ。大豆田とわ子はMA deshabilleやMame Kurogouchiを部屋着にしている。うらやましいことこのうえない。

エンディングの試みも素晴らしくって、いまのところKID FRESINOのバージョンが一番好き。butajiが手がけた歌パートは、ふわふわした喜びにうかれる日やどうしようもない最低な日を飽きるほど積み重ねてきた地点からしか歌えないものになっていて、ミドルエイジ以降の人生を鮮やかに祝福している。

松たか子は美しい人だけど、年齢相応の外見をしていて、ことさら若く見せようともしてもいない(と思う)。入浴シーンで見せた二の腕は凛々しくたくましい。けれども若さや儚さ以外の、折れないしなやかな美しさがたしかにあることをその存在で示していて、そういう人が歌うからこそあの歌は輝いている。三人の元夫がいる人生は潔癖な純白ではないかもしれないけれど、混色でしかつくれない色彩がある。

坂元裕二の書く台詞は非常に的確であると思うものがたくさんある一方で、市川実日子演じる綿来かごめや「カルテット」で満島ひかりが演じた世吹すずめのように社会に馴染みきれない女性を描くときや、登場人物の「いっぷう変わった癖」のようなものを描くときの手つきに何か不自然さを感じる部分があるのだけど、その不自然さの正体はまだつかみきれていない。「花束みたいな恋をした」を観ながら感じていた靴の中に入った小石のような違和感とも通ずるものがあるかもしれない。

 

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ウーバーイーツでクアアイナのサンドウィッチを頼んだので、なんとなくクアアイナについて調べていたら、クアアイナは日本に30店舗もあるにもかかわらず、肝心のハワイには1店舗しかないのだそうだ。びっくり。

(ちなみにそのほかに、ロンドンに2店舗、台湾に2店舗ある)

クアアイナのオフィシャルサイトによると、1975年、テリー・トンプソンによってオアフ島のハレイワに1号店がつくられ、22年後の1997年、ホノルルに2号店がオープン、同じ年、東京の青山に日本第1号店がオープンしている。現在は、ピザーラなどで知られるフォーシーズが運営しているのだそうだ。

そうなってくると、クアアイナはもともとハワイでどれほどの知名度があったのだろうという疑念が湧いてくる。「ハワイ発の歴史あるハンバーガー店」という箔をつけるために、ハレイワのなんてことないハンバーガー屋を利用したのでは、と勘繰ってしまう。味は文句なくおいしいのだけど。当時をよく知る地元の人に聞いてみたいところだ。

 

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世界からの関心を惹こうとするあまりに何かを端的に断言するのは子どものやり口であって、そうした欲望が自分の中で耳鳴りのように響くのを感じたとしても、大人として断固その渦に呑み込まれない意志を持たねばならないと思う。

 

 

 

オークラによる、特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風” 季節の温野菜 トリュフが香るソースペリグー(4人前)

ねこと暮らしていると歌が生まれがちだ。

 

歌といってもたいそうなものではなく、「木綿のハンカチーフ」の「恋人よ〜」を「フジちゃんよ〜」としたり「げんこつやまのたぬきさん」を「フジぽこやまのたぬきさん」としているようなしょうもない替え歌か、「かわいい」とか「ふわふわだねー」とか言ってるうちにメロディがついて鼻歌めいてきたり、ラップもどきの代物になってくるような程度のものなのだが、ねこが毎日毎日あまりにもかわいいので、かわいいと言っているだけでは物足りず、気持ちにしっくりくる熱量で表現しようとするとそんな具合にいつのまにか言葉が歌になっている。歌ってこんなふうに生まれるのかも、と浅はかにもシンガーソングライターの気持ちをわかったような気分になる。

 

天気がいいとねこは露骨に機嫌がよく、それがまたかわいくてたまらないので、「すきすきすきすきすきっすき!あ・い・し・て・る!すきすきすきすきすきっすき!フジちゃん!」と歌ってしまう。もはやほとんど替え歌にすらなっていないていたらくだ。

 

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三浦哲哉さんの「食べたくなる本」から料理本を読む楽しみを教わって以来、実用のためばかりでなくレシピそのものの行間から立ち昇る湯気や匂いや音のようなものを味わうことを愛するようになった。もちろん日々食べるものをつくるのには行間とか文脈とかエクリチュールとか無関係に、ただただそのとき自宅にある材料や調理に使える時間、自分の体力などを加味して実務的にことを進めるのみという日がほとんどなのだけど、死にかけのしなびた大根とだいぶ前に冷凍したきりの挽き肉を使うべく「大根 挽き肉」とか検索する色気も知性も皆無な行為を繰り返すなかで、ときにめくるめくようなレシピに出会ってしまうこともある。

 

オークラはWEBサイトにシェフによるいくつかのレシピを載せていて、もっとも知られているのは「オークラ特製フレンチトースト」のレシピだと思うのだけど、もっとも面白いのは「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風” 季節の温野菜 トリュフが香るソースペリグー」のレシピだ。

 

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 画像はhttps://theokuratokyo.jp/letter/recipe/wellingtonstyle/ よりキャプチャ

 

オークラによる「シェフのこだわりレシピ」には、ほかにも「舌平目のグラタン”ボンファン“」だとか「シュリンプマカロニグラタン」だとか「クリームブリュレ」だとか文字面を並べ連ねただけでくらくらしてくるような料理のレシピが並んでいるのだけど、そのどれもが、材料さえ揃えればあんがいつくれそうなのである。

もちろん、「舌平目のグラタン”ボンファン“」(4人前)をつくるためには、舌平目を4切れ手に入れる必要があるし、「茶碗蒸し」のレシピには「三つ葉は結」ぶように書いてあったり、「ガスパチョ」は「召し上がる前日に、すべての材料を小さく切り、トマトジュース、調味料などと混ぜ合わせ、一晩冷蔵庫で寝かせてお」かなければならなかったり、材料を手に入れるまでも調理そのものにもそれなりに手間がかかるものも少なくないのだが、そもそも料理をすることが苦でない人であれば、これらの料理のレシピは時間と心に余裕のあるときなら(と、すでにそこそこ条件が多いのだけど)手間と時間をかければどうにかつくれるように書かれている。もっとハードルの低いレシピだってあって、「海老と卵の炒め」は実際つくってみたけれど、ひらたくいえば「海老を茹でて、調味料を合わせた卵と一緒に炒めるだけ」の料理で、簡単なうえもちろん美味しかった。

 

そうした「シェフのこだわりレシピ」の中に屹立する孤高の存在が「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風” 季節の温野菜 トリュフが香るソースペリグー」だ。

まず「ウェリントン」(が何かはさておき)の材料はこのように書かれている。

 

 [ウェリントン]

 牛フィレ肉…280g

 フォワグラ…4ピース(直径 約1.5cm)※冷凍しておく。

 シャンピニオン デュクセル…120g

 クレープ (約20cm×7cm)…4枚

 フィユタージュ(パイ生地)

 卵黄…3個

 ソースペリグー…200cc

 小麦粉…少々

 塩・胡椒…少々

 付け合わせ野菜…適宜 

 https://theokuratokyo.jp/letter/recipe/wellingtonstyle/ より引用

 

肉屋に行けばなんとかなりそう、と思わせる「牛フィレ肉…280g」の次に襲いくる、「フォワグラ…4ピース(直径 約1.5cm)」。

とはいえ買おうと思ったことはないものの、しかるべく場所へ行けば(あるいはインターネットで)買えなくもないところだけれど、3つめの「シャンピニオン デュクセル…120g」とはなんなのだろうか。

シャンピニオン」がきのこであることはかろうじて知っていた。でも「デュクセル」とは?

Wikipediaによると「デュクセル(Duxelle)は、食用キノコ、タマネギ又はエシャロット、タイムやパセリ等のハーブ、黒胡椒を細かく刻んで混ぜ、バターでソテーしてペースト状に煮詰めたものである。クリームを加えたり、マデイラ・ワインやシェリーを加えるレシピもある。」とのこと。 

デュクセル - Wikipedia

 

これを平然と120g。もちろんデュクセルのつくりかたはどこにも書かれていない。

 

少し飛ばして「ソースペリグー…200cc」。これはまた別途材料が書かれていて、「トリュフが香るソースペリグー」というくらいなので当然材料には「トリュフ…20g」「トリュフ ジュー…少々」などが含まれるのだが、「フォワグラ…4ピース(直径 約1.5cm)」を通過した後なのでもうあんまり驚かない。

 

そしてここからが肝心のつくり方。

  

 【ウェリントン

 1. フィレ肉に塩・胡椒をし、表面に焼き色を付け、冷ましておきます。

 2. フィレ肉の中央にナイフで切れ込みを入れ、冷凍しておいたフォワグラを差し込み

  ます。

 3. フィレ肉の外側に卵黄を塗り、薄く延ばしたデュクセルを張り付けます。

 4. 3にさらに卵黄を塗り、クレープで包みます。

 5. 最後に4をフィユタージュで包みます。

 6. メッシュローラーでフィユタージュの網を作り、5の上に飾ります。

 7. 230℃のコンベクションオーブンで4分、向きを変えて4分焼きます。

  オーブンから取り出し、肉を約10分寝かせます。

 

 【ソースペリグー

 1. 玉葱、人参を小さな賽の目にカットします。

 2. 油(分量外)をお鍋で温め、1を弱火でしんなりするまで焦がさないようにゆっく 

  り炒めます。

 3. 2をマディラ酒でデグラッセして、セックまで煮詰めます。

 4. フォン・ド・ヴォーとブーケガルニを加え、弱火で約30分煮ます。

 5. シノアで漉します。

 6. 提供時にバターモンテし、刻んだトリュフとトリュフ ジューを加えて仕上げま

  す。

 

 【盛り付け】

 1. フィレ肉を半分にカットし、お皿に盛り付け、ソースをかけます。

 2. お好みで温野菜を添えます。 

 https://theokuratokyo.jp/letter/recipe/wellingtonstyle/ より引用

 

とくに瞠目したのはこの3行だ。 

 

「2をマディラ酒でデグラッセして、セックまで煮詰めます。」

「シノアで漉します。」

「提供時にバターモンテし、刻んだトリュフとトリュフ ジューを加えて仕上げます。」

 

正直に言って、何を指示されているのかすらわからない。

わからないあまりに魔法じみていて、くらくらしてしまう。この3行の印象が強すぎて、数行前に「フィユタージュの網を作」るためのメッシュローラーを、当然持っている前提で書かれていたことも忘れてしまいそうだ。 

この突き放し具合があんまりにもかっこよくてしびれてしまう。

 

調べてみると「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風”」はリニューアル前のオークラにあったレストラン「ラ・ベル・エポック」の名物だったようで、店名も「ヌーヴェル・エポック」と変わったいまはテイストも以前と違っていて、WEBでメニューを見るかぎりそこに「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風”」の記載はない。オークラのとてつももない上客であれば無理を言って特別につくってもらえたりするのかもしれないけれど、もちろんこれはただの想像だ。

だから、「シェフのこだわりレシピ」の中に突如あらわれる「特選牛フィレ肉のパイ包み焼き“ウェリントン風”」はもはや食べられない味を各々で再現せよというオークラからの密命なのかもしれない。

 

いつかは私もその密命をたしかに受け取って、ミッションを告げるテープが自動的に消滅するのを見届けたあと、マディラ酒でデグラッセして、セックまで煮詰めたあと提供時にバターモンテしたい。

その日まで、茹でた海老を味つけした卵と炒め、食べ続けるのだ。

  

theokuratokyo.jp

 

 

 

眉ティントと宇宙日傘とからす

眉ティントで眉毛を染めている最中は、どれだけ暗く深刻なことを考えていても眉毛が海苔のようになっていることをふと思い出してシリアスになりきれず笑ってしまう。

もともと眉毛は生え揃っているほうで、細眉が大流行していた思春期にほとんど根絶やしにしたつもりだったのだが、毛根たちは角質層の下で辛抱強く耐えぬき、どれだけ毛抜きで抜かれようとも日の目を見ることをあきらめずすくすくと生え、太めでナチュラルな眉毛をよしとするいまこの時代を我が世の春とばかりに謳歌している。

けれどもこれは年齢のせい? 日焼け止めを塗り顔が白むといっそう、パーツのすべての境界線が全体にぼんやりと曖昧になって背景に沈んでゆき、あるはずの眉毛も存在感が薄まって顔にもやがかかったようになる。化粧をすればもちろん解決するのだけど、近所以外に出かけない日には化粧などしたくない。眉毛を書くのすら無理。そんな要望にこたえるのが眉ティントで、べっとりした濃茶の液体を塗って2時間以上放置しておけば数日間は眉毛部分の皮膚が染まってくれて、化粧落としをせずともやがて落ちてゆく。ぼんやりの中にきりりとした一角が登場する。

眉ティントを使うのはもちろん家族以外の誰にも会わずに自宅にいるときなのだけれど、それにしたって眉をわずかにきりっとさせるためにこんなに面白い顔でいる時間を通過せねばならないのってなんなんだろうかと思う。

 

かねてより、日差しから我が身を完全に死守するため夏場にサンバイザー、アームカバー、長袖、サングラスなどを一式身につけ道ゆく人たちを見るにつけ、それほどの装備で外出するくらいなら多少日に焼けようが将来的にしみが増えようがぜんぜん構わないと思っていたが、ようやくわかった。これは他人なんてまじに無関係なおのれの視線との戦い。

私の顔に濃霧注意報が出ていても誰も困らないけど、何よりも私が困る。そのためにかなしみを打ち砕くほどの海苔眉毛状態をくぐり抜けている。

 

ところで日差しで思い出したが、最近買ったモンベルの日傘はなかなか調子がいい。モンベルによると紫外線遮蔽率が90%以上!なうえ軽いし、サイバー感のあるぎらぎらとした銀色でUFOなどを呼べそうな風情だ。

難点といえば、ワンアクションでしゃっと開いたり閉じたりしないのでものぐさには若干面倒に感じるところ。あと先日、この日傘をさして歩いていたら、羽を休めているからすとばっちり目があった。からすって光るものがお好きではなかったでしたっけ。もしかしてこの銀色に光る感じもお好き?などと考えながら襲われないように、からすを睨みつけ、その場を去った。今後この日傘をさすときにはからすに会いたくない。ものぐさとからすには要注意な日傘だった。